【考察】阿武町4630万円誤送金事件──電子計算機使用詐欺罪の疑問と“オンラインカジノ報道”の裏に潜む巨大な利権構造

2022年、山口県阿武町で発生した4630万円誤送金事件は、単なる行政のミスと個人の不正利用という構図では語りきれない、現代日本の法とメディア、そして経済利権の深層を照らす事件となった。
特に注目すべきは、主犯とされた田口翔被告に適用された「電子計算機使用詐欺罪」が、法律的にかなりグレーな判断であったにもかかわらず、有罪に至ったという点である。
■ 「電子計算機使用詐欺罪」は本当に成立していたのか?
田口被告に適用されたのは、刑法246条の2にあたる電子計算機使用詐欺罪だ。この罪は、端的に言えば「虚偽の入力によってATMやオンラインバンキングなどの電子的なシステムをだまして金銭的利益を得る行為」に対して科される。
だが、この罪が適用されるには、「虚偽の情報」を「電子計算機(コンピュータ)」に入力したと評価できることが必要である。
田口被告が行った行為は、自分の口座に誤って振り込まれた金銭を、インターネットバンキングを使って分割して送金しただけだ。これが“虚偽の入力”に該当するのか──この点について、甲南大学名誉教授・園田寿弁護士は、次のように述べている。
本件に電子計算機使用詐欺罪が成立するかどうかは、私は否定的に考えざるをえません。
確かに、容疑者の行なった行為は、とんでもない行為で、なんと愚かなことをやったものかと思います。道義的には大いに非難されるべき行為です。しかし、それが犯罪となるかは別の問題であって、刑法で書かれている要件が満たされているかを慎重に検討する必要があります。そして、彼の行為は「虚偽の情報」を入力したのかという点において疑問が払拭できません。
なお、ATMから引き出した場合は窃盗罪になるという見解もありますが、引出し行為そのものが民法上認められているので、それを窃取行為だと見ることも問題だと思います。その場合、行為者は(正当な)預金債権にもとづいて引き出しているわけで、民法上はその金銭について所有権を取得することになります。したがって、窃盗罪に必要な「不法領得の意思」(他人の物を不法に自分のものとする意思)も認められないのではないかと思います。
さらに、占有離脱物横領罪という考えも疑問です。これは自らの(正当な)行為によって被害者の支配を離れた物を自分のものとしたということですが、これが占有離脱物横領になるならば、たとえば返却期限が過ぎてしまった図書館の本をそのまま利用している場合も、占有離脱物横領とならざるをえないと思います。
以上のように犯罪の成立は難しいのではないかと思います。何度も言いますが、道義的にはなんと愚かなことをやったものかと思いますが、本件はいわば刑法の限界のようなケースではないかと思わざるをえません。(了)
この指摘は重い。もし園田氏の見解が妥当であるならば、そもそも田口被告の行為は刑事罰に問うべき性質のものではなかった可能性すらあるのだ。
■ “電子送金”にしたのは偶然か、それとも意図的か?
ここで浮かび上がるのが、なぜ田口被告は4630万円を現金で引き出さず、分割してオンラインカジノに送金するという複雑な手段を選んだのかという点だ。
仮説として浮かび上がるのが、**マネーロンダリング(資金洗浄)**の意図である。
- 銀行から直接引き出せば、資金の所在が明確になり、足がつきやすい
- 一方、オンラインカジノを経由すれば、カネの出入りが曖昧になる可能性がある
- さらに、オンラインカジノ業者から別名義で「出金」することで、実質的にカネのトレースが難しくなる
このような手口は、実際にマネーロンダリングの一環として海外で利用されている手法とも一致している。仮に田口被告がこのような手法を知っていたとすれば、計画性は高く、単なる衝動的犯行では説明がつかない。
つまりこの事件は、「公金をギャンブルに使った愚かな若者」というメディアの表層的な描写とは裏腹に、明確な“隠蔽工作”を狙った経済犯罪の側面を持っていた可能性がある。
■ メディアが「オンラインカジノ」だけを報じ続けた理由
この事件の報道において非常に奇妙だったのは、ほとんどすべての主要メディアがこぞって「オンラインカジノ」というキーワードを執拗に報じたことである。
本来であれば、争点になるべきは以下の点だったはずだ。
- なぜ誤送金が発生したのか(行政の責任)
- なぜ法的にグレーな罪で起訴されたのか(司法の問題)
- 被告の送金先や資金経路の解明(マネロン対策の欠如)
しかし、こうした根幹部分はほとんど報じられず、「オンラインカジノにハマった若者」「ギャンブル依存症」といった一元的なストーリーラインが大々的に取り上げられた。
ここに、現代日本が抱える**“IR(統合型リゾート)構想”を巡る利権の影**が透けて見える。
- 日本政府はカジノを中核としたIR推進を国家戦略と位置づけている
- 海外資本が運営するオンラインカジノは、その競合とも言える存在
- 「オンラインカジノ=違法・反社会的」というイメージを国民に植え付けることで、国内IRの正当化と整備を後押しするという効果が生まれる
つまり、田口事件を利用して「オンラインカジノ=犯罪温床」とする世論を醸成することで、既定路線の政策(IR利権)を盤石にしようとする意図があったのではないか。
■ まとめ:この事件に「ただの若者の愚行」という説明は、あまりにも浅すぎる
阿武町誤送金事件をめぐっては、メディアによる報道の構図、法律の適用の是非、そして被告の行動の合理性が、どれをとっても“表に出てこない何か”を感じさせる。
- 電子計算機使用詐欺罪の適用には法的疑問がある
- 送金方法には、マネーロンダリングの痕跡すら見える
- メディア報道は一貫して「オンラインカジノ叩き」に終始
- その背後にはIR利権という、国家レベルの政治経済的思惑が存在
もはやこの事件は、ただの「誤送金」として片づけるべきではない。むしろこれは、現代日本社会の制度的ほころびと、経済権力が司法とメディアに及ぼす影響の縮図として捉えるべきだ。
次回以降は、この事件とIR法案、ギャンブル依存対策、オンライン決済のブラックボックス化といった周辺トピックにさらに切り込んでいく予定だ。
この事件の「真相」は、まだ終わっていない。
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